吉田喜重作品メモ
Posted by yatsu Tue, 14 Sep 2004 05:42:20 GMT
9月11日、吉田喜重監督『ろくでなし』上映後の蓮實重彦氏の話のまとめ。 自分の言葉でまとめます。 間違いもあると思われますので注意。
- 映画とは20世紀のものであり、すべて同時代的に見なければならないものである
- 小津に代表される1930年代の映画監督と吉田喜重を含む1960年代の映画監督を見出したのは同じプロデューサーたちだった
- 『ろくでなし』を撮ったとき、吉田喜重は身分的にはまだ助監督だった(年齢27歳)
- 吉田喜重の作品は同時代の太陽族とはまったく異なる(反抗の映画ではない)
- 『太陽の季節』という小説はたいしたことはないが、映画は良いので見るべき
- 『ろくでなし』の若者は自ら「ろくでなし」であると言うのでなく、他者からそう呼ばれる
- 「ろくでなし」と呼ばれることで、それを自己規定にしてしまい、「ろくでなし」として死んでしまう若者
- 戯れでしかなかった行動が、他者の言葉によって深刻な現実味を帯びていく
- 同じ構図は次作「血は渇いている」にも引き継がれる
- 男は他者の言葉を演じてしまうが、女はそれを拒む(秋津温泉の岡田茉莉子)
- 松竹時代の吉田喜重の卓抜している3点
- ロング、ミドル、クローズアップの使い分け(意味のないクローズアップがない)
- ロケと室内の切り替わりのフェードアウト
- 映画を決定づける忘れられない場所が登場する(使われなくなった競輪場)
- ふつう「吉田喜重的」と言われるとき、それはATG時代の吉田喜重を指す
- 吉田喜重は『エロス+虐殺』のATG時代の前に、それとは異なるディスクールを確立していた
- 青山真治氏
- (上記、他者の言葉による自己規定というテーマが処女作『ろくでなし』から最新作『鏡の女たち』まで貫かれていることについて)映画監督はこんな同じことを撮り続けていいんだ、と思った。
- 蓮實重彦氏
- 映画作家は同じことを撮り続けていいのです。
男は他者の言葉を演じようとするが、女はそれを拒む。 これは男性一般、女性一般のテーマでもあり、吉田喜重監督の個人的体験の投影でもあるのでしょう。 「図書新聞」2690号(8月14日号)掲載の四方田犬彦氏との対談には以下のようなエピソードが語られています。
これは四方田さんが執筆された論文「母の母の母」と重なるのですが、私が抱く他者意識が、私の亡くなった母に代わって育ててくれたお手伝いさんにかかわっていることを、すでにお話しました。 幼いころ、その人を母だと思っていた。 そのお手伝いさんの乳房を、母の乳房だと思っていた。 だんだん物心がついてくると、そのときはまだ祖母が健在でしたから、祖父母と私は座敷で食事をします。 しかしお手伝いさんだけは、隣の部屋でひとりで食べる。 給仕には来るのですが、一緒には食べない。 差別されていたわけですが、それがわからず、あるときお手伝いさんに「どうして一緒に食べないの?」と訊いたところ、「私はこの家の人間ではありません」と言われた。 母だと思っていた人が、実は他人だったわけです。
このエピソードには『鏡の女たち』の「美和」のようなものが感じられます。

とてもよい復習になりました。よかったです。私も行っていましたが、yatsuさんは発見できませんでした。
耕田さんもいたんですかー! エントロピー低すぎ(w まだ回数券が残っているので、あと何回か見に行くと思います。