ゲーオタのためのロマン主義講義(FF2の構造分析) [5]
Posted by yatsu Tue, 03 Oct 2006 01:51:38 GMT
当初はエンディングシーンを使ってロマン主義を解説するつもりだったのですが、気がついてみれば、エンディングの分析に入る前に、語るべきことは語ってしまっていました。 今回が最終回です。
今まで説明してきたことをもとに、最もロマン主義が表現されているエンディングの会話を読み解いてみましょう。
第5回講義 – おわった……やっと……
皇帝を倒し、脇役たちとのあいさつが終わると、主人公たちのかっこよくてうっとりとさせる会話が始まります。
ガイ「おわった……やっと……
フリオニール「ああ!!
マリア「また4人で暮らしましょう!
フリオニール「……
マリア「ね、兄さん!
レオンハルト「おれたちは いろんな事を知りすぎた…
もう昔には、帰れない……
マリア「兄さん…なぜ? 待って!
フリオニール、兄さんを止めて!!
フリオニール「マリア おれには止められない……
レオンハルトの言ったとおりだ……
レオンハルト、いつの日か、きっと!
フリオニール「さあ おれたちも行こう!
これからが、本当の始まりだ!!
(参考: ファイナルファンタジー2 データベース)
まず、レオンハルトの「おれたちは いろんな事を知りすぎた」から見ていきましょう。 ロマン主義では、知ることは単純な進歩を意味しません。 何かを知るということは、そこで得た知識によって将来の行動が拘束されることを意味します。 そのため、知るということが否定的に意識されるのです。 そしてロマン主義は、可能性がより開けていた過去を懐かしみます。 「もう昔には、帰れない……」がそれです。
反対に、皇帝にとっては、知ることは力を意味します。
皇帝「いい見世物だったぞフリオニール
おまえたちの正体などすでに、見切っておったわ!
(参考: ファイナルファンタジー2 データベース)
あらかじめ知っているという事実が力をもつ。 ロマン主義はこの事実に立ち向かうのです。
続いてフリオニールの「レオンハルト、いつの日か、きっと!」ですが、ここでは、可能性を広げるために曖昧な言い方がされています。 「いつの日か」が「来年」ではだめで、「きっと!」が「きっと会いましょう!」ではだめなのです。 ただし、ロマン主義はただ曖昧さを求めているのではないことに注意してください。 可能性が狭められることを嫌うため、決定を嫌うのです。
最後に「これからが、本当の始まりだ!!」ですが、もう言うまでもないでしょう。 ロマン主義に終わりはありません。「本当の始まり」の後にも終わりはありません。 ロマン主義は永遠を夢見るのです。
中途半端に長い記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、、、
ウボァー
