僕はよく「弁証法」とか「超越論的」といった専門用語(?)を日常生活で使ってしまい、よくわからんと言われることがあります。
「ロマン主義」もそういったもののひとつですが、この用語は知っておくと便利ですし、僕がこれからここに書こうとしていることにも関係しますので、わかりやすく説明しておこうと思います。
それではいきましょうか。
第1回講義 – 導入、「ロマン主義」とは
ロマン主義といえばノヴァーリス、シュレーゲル兄弟といったドイツロマン派がすぐに思い浮かびますが、ここではもっと身近(?)な例としてFinal Fantasy II(以下、FF2)を例に解説しようと思います。
これは単にわかりやすいというだけでなく、ロマン主義というものは高尚な文学や芸術に特有なものではなく、いたるところに見られるものだということをわかってもらおうという意図もあります。
FF2については完全にネタバレとなりますので、あらかじめエンディングまで見ておいてください(ちょ、、それ、つらすぎね?)。
なぜFFかというと、メジャーなゲームだからです。
なぜ「2」かというと、単に自分がストーリーをよく記憶しているからです。
ちなみに小学生の頃にファミコン版を1回やっただけですので、記憶に間違いがあるかもしれません。
まず、ロマン主義の一般的定義を紹介します。
広辞苑の「ロマンチシズム」には以下のように書かれています。
ロマンチシズム【romanticism】
(1) フランス大革命後19世紀初めにヨーロッパに展開された文学上·芸術上の思潮。ブルジョアの俗物性の支配する社会に反抗して、異郷や過去にユートピアを求め、個性·空想·形式の自由を強調した。(以下略)
(2) 夢や空想の世界にあこがれ、現実を逃避し、甘い情緒や感傷を好む傾向。
ここで扱う「ロマン主義」は(1)の方を指します。
一般的にロマン主義というと、「ロマンチック」という言葉からの連想で、漠然と(2)のようなものが想像されるようですが、この(2)は、ここで述べるロマン主義の一側面として、ロマン主義の本質から導き出されるものです(これについては後で述べます)。(*1)
ロマン主義を理解するためには、まず啓蒙主義を知らなければなりません。
歴史的にロマン主義は啓蒙主義への対抗として現れたものであり、啓蒙主義という前提がなければ、ロマン主義も存在しなかったはずだからです。(*2)
ええーそんな回り道!と思われるかもしれませんが、FF2を思い出してください。
FF2では帝国の「大戦艦」を破壊するためにカシュオーン城から「太陽の炎」をもって来なければならず、カシュオーン城に入るためには「女神のベル」が必要で、その「女神のベル」は「雪原の洞窟」に隠されており、そこに広がる雪原を抜けるには「雪上船」が必要という、恐ろしく込み入った依存関係がありました(まるで最近のRPMパッケージ並です)が、あなたはそれを乗り越えてきたのです、たぶん。(*3)
ちょっと長くなりましたで、続きは次回。
(なんか、FF2の分析に入るまでが長くなってしまいそうな……。がんばって短くします。)
(*1)
広辞苑「ロマンチシズム」の(1)に関しても僕の意見を言っておくと、ロマン主義はこのような歴史的な思潮を表すだけでなく、その時代に限定されない普遍性を(今では)もっていると思います。
またここで「ユートピア」という言葉が使われていますが、ロマン主義はユートピア主義ではありません。ロマン主義は存在しない理想郷を夢見るのではなく、現実に存在するか、かつて存在した具体的な世界を求めます。
また、その世界は生活が楽であることは意味せず、別の困難性をもっており、ロマン主義はそれを自覚します。
FF2の以下のエピソードを参照。
ヒルダ「元気になったのですね。よかった」
フリオニール「王女、私たちを反乱軍に加えてください!」
ヒルダ「だめ、だめ!あなた方の力では無駄に命を落とすだけです。お家へおかえりなさい」
マリア「私たちの家はもうないんです。両親も…」
ヒルダ「ごめんなさい…そうだわ!よかったらアルテアで暮らしなさい。合言葉さえ覚えておけば自由に暮らせます。合言葉は野薔薇です。忘れないように」
– FF2攻略日記: オープニング
主人公たちはアルテアで自由に暮らすのではなく、反乱軍に身を投じることになります。
ちなみに、「反乱軍」、「野薔薇」はロマン主義的な言葉です。
(*2)
これについては反対意見あり。カール・シュミット『政治的ロマン主義』を参照。僕自身はシュミットには賛成しません。
(*3)
参考: FF DIC -FFシリーズ悪魔の辞典-の「ヨーゼフ」