コンピュータ思想とポストモダニズム

Posted by yatsu Wed, 14 May 2003 18:11:14 GMT

以前書いた「コンピュータ技術と現代社会 2」に対して、再びご意見をいただきました。正確にご理解いただくことができてよかったです。ありがとうございます。eXtreme Programmingについては、くわしく知っているわけではないのですが(ぉぃ)、その思想を僕はとても評価していますし、それに対して、今すぐに批評があるわけではないです。僕がいちばん問題だと思うのは、コンピュータの思想の流れが、外部の思想の流れからまったく離れてしまっていることです。僕の書き方がよくなかったですね。コンピュータの思想が現代思想を取り入れて、追いつかなければいけないと受け取られてしまいそうです。これについては後で書きます。

こちらからもご意見をいただきました。
辺境から戯れ言 – XP はポストモダニズム?

「コンピュータ技術と現代社会」 はなかなかそそる内容だが, 「コンピュータの技術、思想は、現実社会を周回遅れでなぞっている」 っていうのはどうなのかな。 実は「周回遅れ」どころではなく「止まってる」のではないか, というの私の印象。 「オブジェクト指向」 が世に出はじめたのが1980年代(だよね?)。 あれから十数年経っているわけだけど, 要素技術的にはいくつか革新があったかもしれないが大枠としては全く変わっていない。

前回は「コンピュータの技術、思想」と書いたのですが、ここでの「技術」は実装のことではなく、技術の思想のことをいうつもりだったので、今後は「コンピュータの思想」と書くことにします。したがって、

それに技術が思想の後追いになる状態というのはむしろノーマルで, どちらかというと(技術そのものではない)「実装」に「思想」が追いついていない状況の方が問題。

という意見には同意します。僕も技術が思想の後追いになっているとは思いません。ポストモダンが現代思想や芸術における、60〜70年代の時代精神であったように、コンピュータの思想にも、ある思想的傾向があり、それがポストモダン的だと感じるのです。コンピュータの思想が意識的にポストモダニズムを導入したのではなく、意図せず、同じような思想的傾向をもつようになったのだと思います。なぜこうした思想傾向が出てきたか。それはポストモダンが生まれたのと同じような状況が、コンピュータの世界にも生じてきたからだと思います。前回書いたように、コンピュータの思想があまりにもモダニズムだったということ。そして、モダニズム的手法で現実を捉えることが困難になりつつあるのが明らかになってきた、ということだと思います。

しかし現実の方がもっと早くポストモダン化してしまった。ソフトウェアと、それを使ったシステムが巨大化し、使用される分野も急激に広がったため、全体をひとつの視野に納めることができなくなった。そして、全体を統一するような思想が形成されるを待たずに、現実はそれ自身の相互作用によって発展しつつある。現実がポストモダン化しているのに、思想は今頃になってポストモダン化してきた、というのが僕の印象です。つまり「実装」に「思想」が追いついていなかったのです。

現実社会は悪いポストモダン化の傾向にあると思います。全体をまとめ上げる視点が成立しなくなり、世界は断片化しつつあるという点ではポストモダンですが、かといってポストモダニズムがいうように、各要素がダイナミックに関連しているわけでもありません。趣味的で閉じた小さな共同体がたくさん生まれてきています。他の分野の思想との連携を欠いたコンピュータの思想も、こうした断片化の問題を抱えていると思います、僕としては、自分が関わっているコンピュータの思想を、このようなタコツボ的で閉じた世界にしてしまいたくないと思っています。現代思想をはじめとする、さまざまな思想にリンクしていたいのです。

僕はロゴス中心主義と設計中心主義を対比させて書きましたけど、そういった批評を見かけないことを不思議に思っていました(僕が知らないだけですか?)。思想的なトレンドに乗ることが必ずしもいいとは限りませんが、異なる分野同士が影響しあうことは大切です。現代思想と相互に影響しあった建築や芸術を見ていると、とても羨ましく思います。

批判的なことばかり書いてしまいましたが、コンピュータ技術者の思想には期待しているんです。ソフトウェア方法論に影響を受けた現代思想、なんてものが出てきたらうれしいではありませんか!

そして僕もなにかやらねば・・・。

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コンピュータ技術と現代社会 2

Posted by yatsu Thu, 08 May 2003 03:28:40 GMT

圏外からのひとこと – コンピュータ技術と現代社会

せっかく取り上げていただいたのに反対意見を述べるわけですが、悪意はないのでご了承ください。

コンピュータ技術者でなく、サラリーマンといったほうが適切とのことですが、僕が書いたことがコンピュータ業界以外にも適用できるという意味でしょうか。僕がもち出したポストモダニズムに関していうと、少なくとも建築はポストモダンという思想をリアルタイムで実践していた、というよりむしろ、それを先導していたといえると思います。僕にとっては、世間一般の思想の流れから乖離していると感じるのが、特にコンピュータ技術、思想だったので、コンピュータ技術者といったのですが、他の分野のことは不勉強のため、語ることができません。

あと、なぜ「サラリーマン」なのかがわかりませんでした。僕としては、コンピュータに関わっている学生や、定年退職しプログラムを書いているような人たちにも、語ってもらいたいと思うのですが。

コンピュータ技術者は世界認識のために、自分の体験を積極活用すべきだという点については、僕は違う意見です。コンピュータ業界で働いていたら、なにか考えるときに、ついコンピュータのことを持ち出してしまうものなので、それについては注意深くなければいけないと思います。僕自身、無理なこじつけを言ってしまいそうになることがありますし(実際言ってるかも)。

それに前回書いたように、コンピュータの技術、思想に対しては、いまだにポストモダン批評が有効だったりするのですが、これをそのまま社会認識に適用したら、時代錯誤的になってしまうこともあり得る、ということには注意しなければいけないと思います。

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コンピュータ技術と現代社会

Posted by yatsu Wed, 07 May 2003 04:54:58 GMT

圏外からのひとこと – 国家という複雑系を誰の手にゆだねるか?

コンピュータ技術者が政治的な発言をすべきだという意見です。政治的というだけでなく、もっと広く社会的発言と考えても、この意見に同意します。元記事は複雑系で説明されているのですが、僕は自分の関心領域のポストモダニズムについて書こうと思います。元記事にあまり関係のない話になってしまいますが、ご了承ください。

僕にとってコンピュータの技術、思想は、現実社会を周回遅れでなぞっているように思えるのです。学生の頃(4年以上前)、コンピュータの勉強をしながら現代思想の本を読んだりしていたのですが、ポストモダニズムの批判対象(モダニズム)として、コンピュータの技術または思想が妙に当てはまってしまうところがあって、周回遅れでポストモダニズムに夢中になってしまったのです。

さて21世紀になって、ふと見渡すと、今度はP2PやeXtreme Programmingのような、ポストモダニズムと捉えられるような思想が出てきました。しかし、eXtreme Programmingによって設計中心主義が批判されるようになったのは、現代思想でロゴス中心主義が批判された時代から考えると、あまりにも遅すぎたような気がします。

コンピュータ技術者が社会的な発言をすることももちろん大切ですが、逆に、コンピュータ技術者が正しい社会認識をもって、それをコンピュータ技術に反映させることも求められていると思います。

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「リンク」発言への批判

Posted by yatsu Mon, 21 Apr 2003 20:42:17 GMT

昨日書いたWeb日記とblogの記事についてA Way Outで批判の言葉をいただきました。「全く理解不能です。」とのこと。

たしかに勢いで書いてしまったので、混乱している所がありますね。反省します。しかも槍玉に挙げられたのが、「個人的には」と断って書いた個人的印象だったというのが二重に(´・ω・`)ショボーン でした。できれば本論の方も批判していただきたかったところです。「リンク」については元記事のリンクを辿ってください。

それから、私は自分の書いたことには責任を持ちますし、説明しなおすのも吝かではないので、「誰か」といわず、まず私に訊いていただければよかったのですが。

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「リンク」から見るweb日記とblog

Posted by yatsu Sun, 20 Apr 2003 08:27:53 GMT

反応が遅くて申し訳ないですが、「リンク」から見るweb日記とblogが、いろんなところで話題になっています。

「ただのにっき」のコメントでは、概念としてのblogを語っている人と、ツールとしてのblogを語っている人がいて混乱しているのかな。リンク先の記事から判断すると、もともと概念としてのblogの話題だったようなので、そのつもりで書きます。

jounoさんがいうように、blogムーブメントがあったかどうかは、blogという言葉が「第二世代的な新しい諸機能を統一的に把握」する表象として機能していたかどうかによる、としていいと思います。

論理学でなくとも、名辞はその概念が本格的に扱われる契機として重要なものです。 ここでの「blog」と「Web日記」という言葉は、素朴に構造言語学的に捉えていい気がします。ソシュールは次のようにいっています。

「犬」という語は、「狼」なる語が存在しない限り、「狼」をもさすであろう。

「blog」という言葉が流通することで、それ以前にあった「Web日記」という言葉からは想像しにくい概念が浮き彫りになり、それが一般に理解されるようになり、「ムーブメント」になるのではないでしょうか。 もし「blog」という言葉がなかったら、いくら日記ツールがblogツールと呼ばれるものと同等の機能をもっていても、その概念はなかなか広く行き渡らないでしょう。

日本における「blog」という言葉の位置は、まだ過渡的で固まっていないようですから、しばらくは混乱が続くんでしょうね。個人的にはWeb日記とblogの概念を「リンク」で区別するのはけっこう妥当なような気がしますけど。

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